既存事業と新規事業の相反するニーズに直面した著者は、矛盾を解消してから進もうとしていたため動けなくなった。しかし部下の小さなプロトタイプをきっかけに、社内承認を待たずに実装を進める方針に転換。

ジレンマとは、選べない構造のことだ。

新規事業部の会議で「AI内製支援」の提案をした。既存の受託開発モデルとは真逆の方向だった。少人数で速く安く作る。多重下請け構造を経由しない。顧客が求めているのは、明らかにこちらだった。

でも、既存事業部門は賛成しなかった。当たり前だ。彼らのビジネスモデルを否定することになる。工数積算で利益を出してきた構造を壊すことになる。どちらが正しいかの問題ではない。どちらを選んでも、何かが壊れる。それがジレンマだ。

「顧客のため」という正論を振りかざしても、組織は動かない。利益相反を抱えたまま、前に進む方法を探すしかなかった。

矛盾を解消しようとして、止まっていた。

最初の半年、私は社内調整に時間を使った。既存部門の部長を説得しようとした。役員会で何度もプレゼンをした。資料を作り直し、数字を並べ、ロジックを磨いた。

何も変わらなかった。会議は続くが、決まらない。「検討します」と言われて終わる。矛盾を解消してから進もうとしていたから、永遠にスタートできなかった。

ある日、部下の一人が小さなプロトタイプを作ってきた。Claude Codeを使って、週末に一人で仕上げたと言った。既存の提案なら3ヶ月、300万円かかる案件だった。それが、二日で形になっていた。

矛盾は解消されていない。でも、手を動かした人がいた。その事実が、何よりも強かった。

組織を変えるのではなく、自分たちが動く。

ジレンマを抱えたまま、できることをやる。それが私たちの答えになった。

社内承認を待たずに、小さく作る。CursorとNotionだけで要件を固めて、一週間でデモを出す。顧客に見せて、反応をもらう。その繰り返しで、実績を積む。既存部門を説得するのではなく、別のルートで成果を作る。

半年後、既存部門から「一緒にやらせてほしい」と言われた。説得したわけではない。成果が先に見えたから、彼らが動いた。矛盾は残っている。でも、前には進んでいる。

ジレンマは消えない。消そうとするから、止まる。抱えたまま動くから、道ができる。

熱量は、矛盾の中から生まれる。

組織の中で新しいことをやろうとすると、必ずジレンマに直面する。既存のやり方と新しい方法。短期の利益と長期の変革。どちらも正しくて、どちらも選べない。

その矛盾に耐えられるかどうかが、分かれ道だと思う。正論で押し切ろうとすると、組織は硬直する。矛盾を無視して突き進むと、孤立する。どちらでもない道を、自分の手で作るしかない。

私たちは今も、ジレンマの中にいる。でも、手は動かしている。Slackには毎日コミットの通知が流れる。深夜2時のプルリクエスト。週末に書かれたドキュメント。矛盾を抱えた人たちが、それでも作り続けている。

その熱が、組織を少しずつ溶かしていく。正論ではなく、手を動かした事実が、道を開く。ジレンマは消えない。でも、進むことはできる。